松江地方裁判所 昭和24年(ワ)74号 判決
原告 落合テイ 外一名
被告 野口準一
一、主 文
被告は原告両名に対し、別紙目録(第一)<省略>記載の家屋中階下東側店舗、三疊の間、六疊の間並びに物置の部分を明渡すべし。
被告は原告両名に対し、右明渡と同時に、同所に備え附け在る別紙目録(第二)<省略>記載の物件を引渡すべし。
被告は原告両名に対し、昭和二十四年十二月一日より右明渡完了に至るまでの間、一箇月につき金一千五十四円の割合による金員を支拂うべし。
原告両名のその余の請求は、これを棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
本判決は、原告両名において金四万円を担保として供託するときは、原告両名勝訴の部分に限り、仮にこれを執行することができる。
二、事 実
原告両名訴訟代理人は、被告は原告両名に対し、別紙目録(第一)記載の家屋中階下東側店舗、三疊の間、六疊の間並びに物置の部分を明渡すべし。被告は原告両名に対し、右明渡と同時に、同所に備え附け在る別紙目録(第二)記載の物件を引渡すと共に、別紙目録(第三)<省略>記載の物件を除去すべし。被告は原告両名に対し、昭和二十四年十二月一日より右明渡完了に至るまでの間、一箇月につき金一千五十四円の割合による金員を支拂うべし。訴訟費用は被告の負担とする、との判決並びに保証を條件とする仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、原告両名の先代亡落合和太郎は、予てからその所有に係る別紙目録(第一)記載の家屋を訴外丸藤産業株式会社(代表取締役藤田直義)に賃貸し、その賃貸借の期間は昭和二十二年十月末日を以て満了したが、右会社は賃借権を讓渡すると詐称し、所有者には無断で、訴外内田剛並びに同板倉康郎両名に右本件家屋を引渡し、板倉康郎は喫茶店クローバーを又、内田剛は装身具店をそれぞれ経営するに至つた。よつて、右亡落合和太郎は同人等を相手方とし、松江簡易裁判所に調停の申立をなし右明渡方請求したのであるが(松江簡易裁判所昭和二十三年(ユ)第三九号家屋明渡請求借地借家調停事件)昭和二十三年十月十三日の調停委員会において調停が成立した結果、右本件家屋を右訴外内田剛並びに同板倉康郎両名に、期間は昭和二十七年八月三十一日まで、賃料は、毎月一千円宛、又、家屋全部又は一部を他に轉貸しないこと、若しこれに違反したときは何等の手続をも要せず契約を解除せらるゝも異議ないものとするとの約定で賃貸することになり、爾來右両名は右本件家屋中において、引続き前記各営業を継続した。尚、右訴外板倉康郎は右本件家屋中主文第一項記載部分並びに同第二項記載の物件を借受け且つ自ら別紙目録(第三)記載の物件を設備したのであるが、同人は家屋明渡と同時に別紙目録(第二)記載の物件を返還すると共に、別紙目録(第三)記載の物件は自己の負担においてこれを除去すべき旨約したのである。その後、昭和二十四年三月二日前記亡落合和太郎が死亡したので、その妻たる原告テイ並びに弐男たる原告実両名が相続し、右本件家屋の所有者になると共に右賃貸人たる地位をも承継したのであるが、図らずも同年五月中旬頃右訴外板倉康郎は原告等には無断で、右本件家屋中前記賃借部分並びに前記賃借物件を被告野口準一に轉貸し、自らはその郷里たる簸川郡大社町に引揚げて仕舞つたのである。原告等においては、その頃右事実を知つたので、右板倉康郎に対し、前記調停條項に違背せることを理由として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、又、被告に対してはその本件家屋に対する不法占有を詰り、屡々その明渡方を要求したに拘らず、被告は言を左右にしてこれに應じないので、己むなく本訴請求に及んだ次第である。尚、本件家屋の家賃最高額は昭和二十四年六月分から一箇月につき金二千百八円十銭に修正せられたものであつて、被告は本件家屋の二分の一を使用して居るのであるから、右金額の二分の一に当る金一千五十四円は、被告の本件不法占有に因り通常生ずべき損害の一箇月分に相当するものと調うべく、昭和二十四年十一月分までの損害金は既に受領済であるので、同年十二月一日より右明渡完了に至るまでの間一箇月につき右金額の割合による損害賠償をも併せて請求する旨陳述し、被告の抗弁に対しては、該主張事実はこれを否認すると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告両名の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告等主張に係る事実中その主張日時、その主張の様な調停が成立して、訴外内田剛並びに同板倉康郎両名が前記亡落合和太郎より本件家屋を賃借し、爾來右板倉康郎は本件家屋中原告等主張部分並びにその主張に係る物件を使用して前記営業を継続していたこと、(たゞし、調停申立に至るまでの経緯に関する部分はこれを除く)原告等がその主張のように本件家屋の所有者となり賃貸人たる地位をも承継したこと、原告等主張の日時右訴外板倉康郎が帰郷したこと並びにその頃から右本件家屋中同人が賃借した部分に被告が居住していることは認めるが、右板倉康郎が右賃借家屋並びに物件を被告に轉貸したとの点並びに原告等が被告に対して明渡を求めたとの点はこれを否認する。爾余の点については不知を以て爭う旨陳述し、抗弁として、被告が本件家屋に居住するようになつたのは右訴外板倉康郎が帰郷した際、同人との契約により喫茶店クローバーの営業を共同に経営する様になつたゝめであり、右共同経営については原告等においてもこれを承認していた筈であつて、賃貸借の期間が昭和二十七年八月三十一日までと定められて居る以上、その期間内共同経営者たる被告が家屋を使用したとて毫もこれを非難すべきものではないと述べた。<立証省略>
三、理 由
訴外板倉康郎が、原告等主張の日時、その主張の様な調停に基き、別紙目録(第一)記載の家屋中主文第一項記載の部分を、別紙目録(第二)記載の物件を備え附けた儘亡落合和太郎より賃借し、喫茶店を経営していたことは当事者間に爭がないところである。而して、原告等主張の日時、右板倉康郎が簸川郡大社町に帰郷し又、その頃より右本件家屋中に原告が居住していることも、当事者間に爭がないのであるが右のように被告が本件家屋中に居住するようになつたのは、果して右板倉康郎が被告に轉貸したものか、或は又、被告が喫茶店営業を右板倉康郎と共同に経営するようになつたためなのか、先ずこの点について考察しなければならない。
証人松本弘之、同藤田キミの各証言、これにより眞正に成立したものと認め得る乙第二、三号証並びに被告本人訊問の結果を綜合すれば、前記訴外板倉康郎は喫茶店クローバーの経営に必要な資金に窮し、その打開策を被告と謀つた末、被告が提供する資本をも利用することゝし、よつて遂に、昭和二十三年十月十九日被告は金二万円を出資し、且内縁の妻と共に右営業のため或る程度の労力をも提供する様になつた事情を認定することができる。即ち、被告が右板倉康郎経営に係る喫茶店クローバーの営業に関係を有するに至つた当初、両名の間には組合乃至これに類似の契約が締結されたものであると謂うべきである。併し、前掲各証拠と証人林得一郎の証言とを対比し、且つこれを綜合して考察するとき、右共同関係にはその後著しい変化が生じたことは明らかである。即ち、昭和二十四年五月中旬頃右板倉康郎がその郷里たる簸川郡大社町に帰つたことは当事者間に爭がないところであるけれども、同人は多額の負債を生じて苦慮していた折柄郷里にいた実父が家出をして行方不明となり、自ら家事の整理をしなければならない破目に立至つたことが、右帰郷の直接の動機となつたものではあるが、眞相は、同人と被告間の性格上の著しい差異乃至深刻なる対立と謂うことが、遂に右帰郷を決意するに至らしめたものであることを推認することができる。又、昭和二十四年三月二十七日、即ち、板倉康郎が右の様に帰郷する様になつた直前、同人と被告との間には右喫茶店クローバーの営業に関し新なる取決めがあり被告は更に金二万円を追加出資し、爾後板倉康郎は單なる出資者としての名目だけで関係を保つに実際の経営には被告並びにその内縁の妻がこれに当ることゝし、向う一年間の経費の負担、損益の分配等につき暫定的契約を締結した事実も亦認定し得る。要するに、被告が本件家屋中に居住する様になつたのは、正に被告が主張するように、板倉康郎と共同で喫茶店クローバーを経営するようになつたためではあるが、右共同関係の内容に叙上の様な著しい変化を生じたことは、本件につき極めて重要な意義あることを看過することはできない。
本來、賃貸借は契約当事者の信頼関係を基礎とするものであることは、言を俟たないが、本件において、成立につき当事者間に爭のない甲第一号証並びに原告落合実本人訊問の結果に徴すれば、右板倉康郎が本件家屋を賃借した当時、調停條項中に家屋の使用方法、賃借権の讓渡乃至轉貸借等につき極めて嚴重な定めを設けたのみならず、家賃、損害賠償の支拂、家屋の明渡等各種義務の履行につき、参加人たる訴外高麗正吉をして保証人としての責任を負担せしめたことは明らかであり、結局契約当事者としては賃借人たる板倉康郎に対する対人的信頼関係を極度に重視し、同人以外の者が家屋の使用をすると謂うような事態は全く予想すらせず、そのような事態の発生は極力これを避けようとの意図に出でたものとなし得る。本來、被告と板倉康郎間の共同関係を以て、当然には賃貸人に対抗できないけれども、その内容に前段認定のような著しい変化があつた以上尠くとも家屋に対する利用関係に関する限り、板倉康郎はその帰郷後表面賃借人たる地位を維持しつゝも、家屋に対する事実上の支配は被告の利益のために抛棄したものであつて、正に轉貸借に外ならない。そのことは証人林得一郎の証言並びに成立につき当事者間に爭のない甲第三号証の一、二によつて明らかなように、右板倉康郎は右帰郷後、喫茶店営業の持分の処分を訴外林得一郎に依頼するため、松江市迄來たことはあつたが被告を訪れることなく、又最近就職のため姫路市に轉住した事実によつても推認し得るところである。この点につき、被告は右共同経営は、原告等において既に承認しているところである旨抗爭するが、原告等が右轉貸借につき承認したとの事実を認定するに足る証拠はない。尤も、証人藤田キミの証言並びに被告本人訊問の結果を綜合すれば、被告が右共同経営の関係に基き本件家屋に居住するに至つた事情を、原告等が黙認していたと認むべき事跡があつたとの被告の主張に符合する点があるようではあるが、一面、これと原告落合実本人訊問の結果とを対比して綜合考察すれば、原告等においては、被告は單に板倉康郎の料理人として雇はれているものと考えていたに過ぎないことは明らかであつて、叙上の様な被告の弁解は到底首肯できないところである。
結局、承諾なき轉貸借として前記調停條項に違背するものと、認むべきではあるが、併し、そのために賃貸人は当然に契約解除権を取得するとなす原告等の所論は必ずしも正鵠なりとは称し得ない。即ち、承諾なき轉貸借が行はれた際その違法性を阻却する事由の立証ある場合又は解除権の行使が権利の濫用と認むべき場合には契約の解除をなし得ないことは勿論であつて、然らざる場合初めて、賃貸人が契約解除権を取得し得るものと解さねばならない。而して、本件において、本件轉貸借が信義誠実の原則に違背しないとなし得べき事由の存在につき被告の立証を以ては末だ十分なりとは称し得ない。原告等がその主張日時相続をし、本件家屋等についても所有者となり、賃貸人たる地位を承継したことは、当事者間に爭がないところであり、又、右板倉康郎に対し、昭和二十四年六月八日附の書留内容証明郵便を以て本件賃貸借契約解除の意思表示をなし、当時右意思表示が到達したことは成立につき当事者間に爭のない甲第二号証の一乃至三によつて認定し得るところであつて、而かも前叙のような経緯事情の下に在る本件においては、何等権利の濫用と認むべきものはないので從つて本件賃貸借は当時適法に解除されたものと謂うべきである。畢竟、被告は右解除の時から本件家屋を権原なくして使用するものであつて、正に不法占有と謂うことができる。よつて、原告等の本訴請求中、別紙目録(第一)記載の家屋中主文第一項記載部分の明渡並びに別紙目録(第二)記載の物件の返還を求むる点は、これを正当として認容するを至当とする。
原告等は別紙目録(第三)の記載の物件の除去をも求むるのではあるが、該物件は右板倉康郎が自らこれを設備し且自己の負担においてこれを除去すべき旨約したものであることは当事者間に爭のないところであつて、その除去につき被告においては法律上の責任を負担しないものと謂うべきである。從つて、原告等の本訴請求中、右別紙目録(第三)の記載の物件の除去を求める点は、これを失当として棄却しなければならない。
次に、成立につき当事者間に爭のない甲第四号証によれば、昭和二十四年六月一日物價庁告示第三百六十八号が実施せられた結果、本件家屋の家賃最高額は昭和二十四年六月分から一箇月につき金二千百八円十銭に修正せられるゝことになつたことは明らかであり、又、本件家屋中被告が使用する部分が全体の二分の一に当るものであることは、弁論の全趣旨を通じ当事者間に爭がないものと解すべきところであつて、結局、右金額の二分の一に当る金一千五十四円は、被告の本件不法占有に因り通常生ずべき損害の一箇月分に相当するものと謂うことができる。而して、成立につき当事者間に爭のない乙第一号証によれば、原告等は本件不法占有に因る損害の賠償は昭和二十四年十一月分まで既に受領済であることを認め得る。
從つて、原告等の本訴請求中、昭和二十四年十二月一日より本件家屋明渡完了に至るまでの間、一箇月につき右金額の割合による損害賠償を求むる点も、亦正当として認容するを相当とする。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を、仮執行の宣言につき同法第百九十六條を各適用して、主文のとおり判決する次第である。
(裁判官 組原政男)